4-1-2.授業の評価

最近は学生の授業評価など、大学の先生の講義に対する評価がうるさくなってきた。もう15年くらい前になるが、私は友人の許斐君から大学の授業に関する批判を聞かされた。彼は日本の大学の工学部を卒業して数年間企業の研究者として働いた後、退職してアメリカの大学のビジネススクール(大学院)に入ってそこを卒業している。彼が言うにはアメリカの大学では学生による授業評価をきちんとやっていて、先生は授業をきちんとやっている。それに比べて日本の大学では先生の授業がお粗末であると言う批判であった。私は学生の授業評価と言っても学生によって色々な意見があり、いい加減に書くやつもいるし、あまり当てにならないのではと反論した。彼の意見は個々の学生によってはそういういい加減な事を書くやつもいるかも知れないが,総体としては正鵠な意見が出されていると言うものであった。
    そこで、自分も講義の最終回に匿名の授業アンケートを出すことにした。群馬大学で学生の授業評価を組織として実施した時より随分前のことである。その授業アンケートの結果は私の授業はおおむね良いという意見も合ったが、強い批判で非常にショックなものもいくつかあった。それより多かったのは他の先生の講義に関する批判であった。他の先生の講義に対する批判はともかく、自分ではそれなりに工夫してやってきたつもりであったが、さらに工夫する必要があることを痛感させられた。そこで、大学の授業のやり方等に関する本を何冊かを買ってそれらを参考にして改善を試みた。その後はアンケートの意見でショックを与えてくれるものは以前よりは少なくなったが、結局は同一の人間がやることである。理想的なものが出来たとは思えないし、厳しい意見もある。講義時間だけでなく、事前の準備、課題として出したレポートを丁寧にチェックし朱筆を入れて返却するなど、面倒でも時間をかける事が必要であると言うことは確かな気がする。でもそんな長時間をかけるわけにも行かないし、悩ましい問題である。

私にとって最終になる今年度の前期の2年生の講義を受講し良い成績を取っていた2年生のE君が、後期の3年生の私の講義を聞いても良いかと尋ねてきた。僕の講義を聴いても君は2年生だから単位にならないよ、それでも良いというのならどうぞと答えた。彼はこの講義を毎回前に座って熱心に聞いていた。単位にならないのにご丁寧にも期末試験まで受け、非常によい成績を取っていた。講義なんかつまらない、単位だけが欲しいという学生が増えている中で彼のような学生もいるのである。群馬大学工学部の学生も素晴らしい学生がいると改めて感じさせてくれた。