仙人ヶ岳(663m)

   仙人ヶ岳と名前は立派である。桐生市と足利市の境、すなわち群馬県と栃木県の県境にある。海抜は663mでそれほど高くない。
この山には20年以上前に一度は桐生市の梅田側から、もう一度は菱の方から上がった事がある。その時の記憶では車でかなり上まで行け、1時間程度で頂上に達する楽なハイキングコースであった。

   自宅近くの茶臼山は何回も散歩がてら上がっているので少し飽きてきた。
  
   そこで、本日(2009年9月24日)久しぶりに仙人ヶ岳に梅田側から上がって見ることにした。自宅を出たのは11時過ぎ。デジカメを持参するのは忘れた。20年前に購入したガイドブックと2万5千分の1の地図を持ち、途中のコンビニでおにぎりを買い準備した。瀬波橋を渡り林道を行くが、すぐに道は荒れていて車は奥まで入れそうに無い。少し戻って道が広くなっている所で駐車してそれから歩くことにした。以前はこの林道の奥にマンガン鉱山があった。20年ちょっと前に行った時の前年に鉱山は閉鉱となったが、鉱山作業所の小屋が残っており、あたりには黒いマンガン鉱石の破片が散らばっていた。

   20年前の地図とガイドブックには車が通れる林道が描かれていたが、今は人も車も殆ど通る人が無いようで道は荒れ果てて雑草が生い茂っており歩きづらい。沢側にあるガードレールがかってはこの道に車が通っていたことを示していた。恐らく、マンガン鉱山が廃業してからこの道は整備されず荒れるに任せたいる様であった。途中で上から土石流が大きくこの道を覆って分断しておりその先に行けそうも無かった。ここで引き返そうかとも思ったが、無理をすればこの土石を乗り越えて行けそうである。ここをなんとかクリアして、さらにかっての林道を進んだ。木の橋はいたる所で腐り落ちている。慎重に横を歩いて行った。林道の終点近くにはここが昔鉱山があったと言う名残の錆付いたコンプレッサーが放置されていた。沢沿いの荒れた登山道を上がっていったが,荒れていたせいで良く解らずついに登山道を見失ってしまった。そこで、水が少なくなり、ついには水が涸れた沢をそのまま上り詰めることにした。距離は短かったが結構急で厳しい岩場を緊張しながら上がった。岩の上には岩タバコの花が見られた。沢を上り詰めて林の中の急斜面を上がると稜線に達した。

   ここから、仙人ヶ岳に行くべく稜線沿いに左側を進み小さな峰に上がった。ここから、見ると仙人ヶ岳は随分遠そうである。頑張って行く事も無いだろうと引き返して反対側の稜線を進ん急斜面を上がった所、標識があり何と仙人ヶ岳はさらに3分ほど行った所とある。また、松田側(足利方面)に下る標識も出ていた。どうやら、古い地図に出ていた登山道を登ったので無く、仙人ヶ岳よりずっと北側の稜線に上がってしまい、仙人ヶ岳と赤雪山とを見間違えていた。

   結局、仙人ヶ岳の標識がある頂上に着いたのは1時50分。下から2時間以上かかってしまった。

   頂上で10分ほど休んで昼食。2時に頂上を出発して前仙人ヶ岳(仙ヶ沢)に向かった。途中で菱方面から人に出会った。この方は峠から菱の方に下っていった。前仙人ヶ岳に2時50分に着き一休み。ここには頂上の標識と小さな塩瀬方面に至る矢印ついた標識があった。地図とガイドブックではここから塩瀬に直接通ずる道など見当たらない。行きに使った林道のどこかに降りるのでは困るなと思い、そのまま地図にある梅田への登山道を下ることにした。10分くらい下ったがどうも様子がおかしい。ひょっとして菱方面に下る道かもしれないと思い引き返すことにした。

   前仙人ヶ岳まで戻り、塩瀬と書いてある方向に下りることにした。地図には出ていない道なので不安であったが、所々赤ペンキや赤いテープで目印がついている尾根道で方角は間違って居なかったのでそのまま降りて神社の所に降りることが出来た。
  その後、林道を少し上がり車まで戻ったのは4時20分となっていた。

  標高が低いハイキングコースの山と甘く見ていたが、登山道を見失い結構きつかった。20年前の地図やガイドブックにあった登山道や林道は荒れ果てて良く解らない。一方、古い地図やガイドブックに載って無かった登山道がありどうすべきか迷ってしまった。やはり、地図を参考に歩く場合、最新の物を使わねばなら無いと痛感した。